東京・上野の国立科学博物館で開催中の特別展「古代DNA 日本人のきた道」を見学しました。これは、日本人のルーツを探る研究の最新成果を披露するものです。従来、形質人類学や考古学がこの分野を主導してきました。もちろん、これらの学問は今なお重要であり、そのことは微動だにしていません。近年、それらに加えて、古人骨に残るDNAを解析する技術の飛躍的発展が、我々のルーツ探しを新たな地平に導きました。このたびの見学は、こうした諸学問の総合的知見を学ぶ貴重な機会となりました。この展示会は、我々はどこから来たのかという根源的問いを抱く者すべてに、ジグソーパズルの要のピースを提供するものと言えます。ちなみに、古代DNA研究の草分けは、ドイツのスバンテ・ペーボ博士です。博士はネアンデルタール人がホモ・サピエンスの祖先ではないこと、然るに両者は交配していたことを明らかにして、世界に衝撃を与えました。その業績により2022年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。それ程にDNA人類学は今や世界的にホットな知的領域なのです。

 特別展の展示内容は盛りだくさんであり、一回の記事では語り尽くせません。ここでは、日本列島の旧石器人についての最新研究を紹介します。なお、本記事の執筆に当たって、件の特別展の公式図録〔注1〕を参照しています。

 南西諸島の石垣島に白保竿根田原洞穴遺跡(しらほさおねたばるどうけついせき)(略称:白保遺跡)という洞穴遺跡があります。そこから複数体の旧石器時代の人骨が発掘されました。先述のペーボ博士の研究室が、その内の一体、27000年前の男性人骨(4号人骨)からDNAを抽出することに成功しました。現在その分析が進行中とのことです。博士によれば、中間段階ながら、この旧石器人は後の日本列島の縄文人と祖先を同じくすることが判明したとのこと。今後、分析が完結し、それが論文発表される日が待たれます。

 旧石器時代の南西諸島に現生人類が住んでいた。このことは、彼らが大陸から海を渡ったことを意味します。そんなことが可能であったのか?それを確かめるために、国立科学博物館(当時)の海部陽介氏はプロジェクトチームを組織し、台湾から与那国島までを当時さながらに渡海するという、前代未聞の実証実験を行いました。チームは、試行錯誤の末に、使われたのは丸木舟であると結論し、それを実際に製作しました。こうしてプロジェクトはクライマックスを迎えました。舟漕ぎの達人である男女五名がクルーとなり、黒潮の海に乗り出したのです。出発地の台湾から目的地の与那国島まで直線距離にして206キロメートル。その海路を45時間10分かけて、遂に彼らは漕ぎきりました。ここに、このビッグ・プロジェクトは成功裡に終わりました。三万年前の人類が大航海することが可能であったことを、このチームは実証したのです。これは人類学史上の大きな成果です。この一部始終は、書籍化され〔注2〕、映画化されています。

注:
〔注1〕篠田謙一ら13名
(執筆)『特別展 古代DNA 日本人のきた道』図録〔NHKら4機関発行 2025年〕
〔注2〕海部陽介『サピエンス日本上陸 3万年前の大航海』〔講談社 2020年〕

2025年5月26日 投稿