本稿は、「画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡 その1」（2025年10月16日投稿）、「その2」（2025年10月26日投稿）、「その3」（2025年11月8日投稿）、「その4」（2025年11月16日投稿）の続きです。
三角縁神獣鏡研究の権威である考古学者の福永伸哉氏は長年に亘って次のように説いています〔注1〕〔注2〕。公孫氏政権の時代は公孫氏が画文帯神獣鏡を卑弥呼に下賜し、魏が公孫氏を滅ぼした238年以降は魏の皇帝が三角縁神獣鏡を卑弥呼・台与に下賜した。卑弥呼および台与はそれらの鏡を自らに従う国内各地の豪族に配布した。画文帯神獣鏡にしろ、三角縁神獣鏡にしろ、その出土分布の中心は畿内である。だから、卑弥呼・台与の居場所すなわち邪馬台国の所在地は畿内である、と。
前稿「画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡 その1、その2、その3、その4」において、私説〔注3〕の立場から上記の福永説の問題点を指摘しました。
第一に、福岡県における画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡の出土数の相違です。
第二に、福岡県から出土する三角縁神獣鏡の製作時期の偏りです。
第三に、筑前・肥前における倭製鏡および腕輪形石製品の僅少です。
第四に、三角縁神獣鏡が出土した250年代の古墳の分布です。
本稿はその続きです。
以下の論考は、2019年の拙著〔注3〕の一部をまとめたものです。
第五に、画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡との共伴の開始時期です。
250年代（布留0式古相併行期）の古墳における画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡の出土状況について「その4」で触れました。ここでは、両鏡の共伴という観点から改めて見てみましょう。
以下、出土鏡の記述には、下垣仁志『日本列島出土鏡集成』（同成社 2016年）等の文献を参照しました。
〔A〕画文帯神獣鏡が出土した250年代の古墳
① ホケノ山古墳（奈良県桜井市箸中）
画文帯同向式神獣鏡、画文帯神獣鏡、内行花文鏡が出土しました。三角縁神獣鏡はありませんでした。
② 上牧久渡3号墳（奈良県北葛城郡上牧町）
画文帯環状乳四神四獣鏡が1面出土しました。三角縁神獣鏡はありませんでした。
〔B〕三角縁神獣鏡が出土した250年代の古墳
① 藤崎遺跡32次1号墓（福岡県福岡市早良区藤崎）
1面の鏡が出土しました。それが三角縁波文帯盤龍鏡です。画文帯神獣鏡はありませんでした。
② 那珂八幡古墳・第2主体部（福岡県福岡市博多区那珂）
1面の鏡が出土しました。それが三角縁画文帯五神四獣鏡です。画文帯神獣鏡はありませんでした。
③ 権現山51号墳（兵庫県たつの市御津町中島）
5面の鏡が出土しました。すべて三角縁神獣鏡です。画文帯神獣鏡はありませんでした。
④ 吉島古墳（兵庫県たつの市新宮町吉島）
7面の鏡が出土しました（その内の1面は伝出土）。その内訳は、三角縁神獣鏡が4面、内行花文鏡が1面、獣帯鏡が1面、方格規矩鏡が1面（伝出土）です。画文帯神獣鏡はありませんでした。
⑤ 安満宮山古墳（大阪府高槻市安満御所の町）
5面の鏡が出土しました。その内訳は、三角縁神獣鏡が2面、斜縁神獣鏡が1面、陳是作同向式神獣鏡が1面、青龍三年銘方格規矩鏡が1面です。画文帯神獣鏡はありませんでした。
以上、現時点での発掘調査の結果によれば、250年代の古墳では画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡とが共に副葬されることはありませんでした。
〔C〕画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡とが共に出土した古墳があります。そのうち、早い段階の古墳として、次の五つが挙げられます。
① 吉備の備前車塚古墳（びぜんくるまづかこふん）〔岡山県岡山市中区湯迫・四御神〕
13面の鏡が出土しました。その内訳は、画文帯神獣鏡が1面、三角縁神獣鏡が11面、内行花文鏡が1面です。
② 摂津の西求女塚古墳（にしもとめづかこふん）〔兵庫県神戸市灘区都通〕〔アイキャッチ画像〕
12面の鏡が出土しました。その内訳は、画文帯神獣鏡が2面、三角縁神獣鏡が7面、獣帯鏡が1面、画象鏡が1面、浮彫式獣帯鏡が1面です。
③ 南山城の椿井大塚山古墳（つばいおおつかやまこふん）〔京都府木津川市山城町椿井〕
40面の鏡が出土しました。その内訳は、画文帯神獣鏡が1面、三角縁神獣鏡が35面、内行花文鏡が2面、方格規矩鏡が1面、鏡式不明が1面です。
④ 大和の黒塚古墳（くろづかこふん）〔奈良県天理市柳本町〕
34面の鏡が出土しました。その内訳は、画文帯神獣鏡が1面、三角縁神獣鏡が33面です。
⑤ 大和の桜井茶臼山古墳（さくらいちゃうすやまこふん）〔奈良県桜井市外山〕
103面を超える鏡がありました。その内訳は、画文帯神獣鏡が18面、三角縁神獣鏡が26面超、その他です〔注4〕。
ここに挙げた五つの古墳の年代はすべて260年末～270年代（布留0式新相～布留1式古相併行期）です。
以上をまとめると、現時点での発掘調査の結果によれば、画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡とが共に副葬されたのは260年代末以降のことです。
238年までは卑弥呼が画文帯神獣鏡を配布し、239年以降には卑弥呼・台与が三角縁神獣鏡を配布したというのが福永氏の説です。鏡種は変われど、卑弥呼・台与は切れ目なく鏡を配布していたというのです。これが正しいならば、240年代から250年代までの時期に、画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡との両方を入手した豪族がいてもよいはずです。250年代にその人物がこの世を去ったならば、その際に両鏡は共に副葬されたはずです。ところが、そういう事例は今までのところ見つかっていません。250年代末までは、画文帯神獣鏡が副葬された豪族と三角縁神獣鏡が副葬された豪族とは分かれていました。この事実は福永氏の説に疑問を抱かせます。
前者は大和政権と親密な豪族であり、後者は卑弥呼・台与政権に従う豪族です。私見では、大和政権と卑弥呼・台与政権とは別です。両者はライバル関係にありました。だからこそ、250年代末までは、画文帯神獣鏡と三角縁神獣鏡との両方を入手した豪族がいなかったのです。
つづく
注：
〔注1〕福永伸哉 2005『三角縁神獣鏡の研究』大阪大学出版会
〔注2〕福永伸哉 2025「三角縁神獣鏡と親魏倭王」宮本一夫（編集）日本考古学協会（企画）『論争 邪馬台国』雄山閣
〔注3〕若井正一 2019『邪馬台国吉備説からみた初期大和政権 物部氏と卑弥呼と皇室の鏡を巡る物語』一粒書房
〔注4〕奈良県立橿原考古学研究所附属博物館（編集・発行） 2025『王陵 桜井茶臼山古墳』奈良県立橿原考古学研究所附属博物館・令和7年度春期特別展図録
2025年11月29日 投稿
