以下は、2020年11月15日に投稿した記事です。

 書記史からみた邪馬台国 その一

 2016年3月2日のことである。その当時、朝日新聞を購読していた私は次の記事に目が止まった。

 「国内最古級となる弥生時代後期(1~2世紀ごろ)のすずりが福岡県糸島市の三雲・井原遺跡で見つかり、市教育委員会が1日、発表した。この遺跡は中国の史書『魏志倭人伝』に登場する『伊都国』の都とされ、邪馬台国時代の倭国(日本)が文字を用いて外交した裏付けとなる。」〔朝日新聞 2016/3/2付け記事〕

 「中国や朝鮮半島に近いこの一帯は日本列島と海外をつなぐ外交窓口だった。倭人伝は、伊都国には女王卑弥呼が派遣したともいわれる役人や海外からの使いがおり文書類も点検したと記す。市教委は、倭人伝の記述を裏付け贈答品の返礼書作成など外交文書のやりとりが行われていた、とみる。」〔朝日新聞 2016/3/2付け記事〕

 これを読んだ私は「おや?」と思った。「弥生時代後期(1~2世紀ごろ)」がどうして「邪馬台国時代」なのだろうか?そう疑問を抱いたからである。普通、邪馬台国時代と言えば、卑弥呼と台与が女王であった時代を指す。それは2世紀末~3世紀後半に当たる。実際、記事は「女王卑弥呼」に言及しており、「邪馬台国時代」を卑弥呼時代の意味で用いているのは明らかである。とすると、この記事はピントが外れているのではないか。この発見を単なる「邪馬台国時代の倭国(日本)が文字を用いて外交した裏付け」としてしまうのは、その意義の過小評価ではないか。

 本当に糸島市教育委員会はこのような発表をしたのだろうか?そう訝った私は毎日新聞を購入してみた。この新聞は、過去に旧石器捏造事件の大スクープを放ったことから分かるように、考古学関連のニュースを得意にしているからである。そこには次のようにあった。

 「福岡県糸島市教育委員会は1日、同市の三雲・井原遺跡で、弥生時代後期(1~2世紀)とみられる硯の破片が出土した、と発表した。同遺跡は『魏志倭人伝』に登場する『伊都国』の中枢遺跡。外交上の文書のやりとりを実施したとする記述があり、同市教委は『文字を書くために使った』とした。これまでは国内での文字使用は3世紀ごろともされていた。今回の発見は日本における文字文化の始まりを考える上で貴重な成果といえる。」〔毎日新聞 2016/3/2付け記事〕

 「弥生時代でも中国と外交交渉をした北部九州では、文字使用の可能性は以前から指摘されていた。(中略)。弥生時代後期には日本国内で文字が書かれていたことを、今回は硯という筆記用具の存在で証明してみせた。」〔毎日新聞 2016/3/2付け記事〕

 我が国における文字使用の開始は、それまで三世紀頃と見られていたが、実は弥生時代後期(1~2世紀)に遡ることを明らかにした。それがこの発見の意義であることを、この記事は的確に伝えている。文書による中国王朝との外交は、卑弥呼時代以前より行われていたのである。

 話はこれにとどまらない。その後、次のような続報があった。

 「弥生時代中期中ごろから後半(紀元前2世紀末~前1世紀)に石製の硯を製作していたことを示す遺物が、北部九州の複数の遺跡にあったことが、柳田康雄・国学院大客員教授(考古学)の調査で明らかになった。国内初の事例。硯は文字を書くために使用したとみられ、文字が書かれた土器から従来は3世紀ごろとされてきた国内での文字使用開始が300~400年さかのぼる可能性を示す貴重な資料となる。」〔毎日新聞 2019/2/20付け記事〕

 なんと、弥生時代中期中頃~後半(紀元前2世紀末~前1世紀)に石製の硯が我が国で製作されていたという。筆記用具が作られていたということは、即ち文書が作成されていたことを意味する。我が国の書記の歴史は紀元前に遡るのである。

 2020年2月1日、福岡市埋蔵文化財課の久住猛雄は、松江市の田和山遺跡から出土した弥生時代中期後半(紀元前1世紀頃)の硯に墨で書いた文字があると研究会で発表し〔注1〕、国内最古の文字であるとマスコミで報道された。

 同年、この調査に取り組んできた國學院大學客員教授の柳田康雄は研究を論文にまとめ上げた〔注2〕

 この一連の発見および発表は話題になっている〔注3〕。とはいえ、その真価はまだ十分に理解されていない印象を受ける。私は、これは戦後最大級の考古学の成果であると考えている。これが何を意味するのかは、次回以降に説明したい。

つづく

〔注1〕久住猛雄 2020「近畿地方以東における『板石硯』の伝播と展開」第34回考古学研究会東海例会『荒尾南遺跡を読み解く~集落・墓・生業~』(2020年2月1日・2日 大垣市スイトピアセンター)

〔注2〕柳田康雄 2020「倭国における方形板石硯と研石の出現年代と製作技術」『纏向学研究』第8号:桜井市纏向学研究センター

〔注3〕『TJmook 日本の古代史 発掘・研究最前線』監修:瀧音能之(宝島社 2020年10月15日発行)中の記事「硯に刻まれた日本最古の文字 文字使用の歴史が数世紀遡る!」

以上、2020年11月15日投稿記事

 2025年9月8日 投稿